第3章 いばらの涙
宝条が自分の世界に入り込み不気味に笑いながら部屋を出て行った後、ルクレツィアはヴィンセントの鼓動を確かめつつシャロンに必死に呼びかける。
「シャロン……。シャロン……お願い、生きているんでしょう? 目を覚まして」
シャロンの身体はもはや回復していた。何故目覚めないのかが不思議だという状態だ。問題は精神の回復だ。目の前で愛する人を失うショックで心を塞いでしまったシャロンの意識を呼び起こすのは簡単ではない。
ルクレツィアは纏っていた白衣を脱ぐとシャロンにかけてやり、身体をさすって起こそうとする。難しい問題だったが、今でなければいけない、今起こさなければならなかったから。
「お願い、起きて……。ヴィンセントのために……」
ヴィンセントの名を聞くと、シャロンの頬を涙が伝う。
「シャロン?」
「……ヴィンセント……」
「よかった……」
ルクレツィアがシャロンの顔を撫でながら笑いかけた。
「ルク、レツィア…? ヴィンセントは……? ヴィン……」
シャロンが視線を彷徨わせると、傍に横たわる巨体が目に入る。
見知ったヴィンセントの姿ではないものの、悪い予感がしてならなかった。
「え……。彼……もしかして……っ!」
「シャロン! よく聞いて」
暴れ出しそうなシャロンを制止してじっと瞳を見詰める。
「シャロン、あなたはすぐにここから逃げなさい。幸い屋敷の外には森があるから、身を隠すのに丁度いいわ」
「何を言ってるの! 大切な人を殺めた男を放ったまま逃げるなんて、出来るわけがない!」
「ヴィンセントの願いでもあるのよ」
シャロンの手に力がこもる。
『ヴィンセントの願い』
そんなことを言われてしまっては、どうすることもできなくなる。シャロンには判断材料が足りなすぎた。
「彼、ずっとあなたを外に連れて行ってやりたいと言っていたわ。あなたが自由に生きることが彼の一番の望みなのよ。ましてや仇討ちなんて……ね、わかるでしょう」
「でも、嫌なんです……離れるくらいなら、私このまま彼と一緒に死にたい」
言い切る前に、ルクレツィアの手がシャロンの頰を叩いた。