第3章 いばらの涙
「どうしてヴィンセントを……それに彼女も!」
「この女にはまだ何もしていないが? 眠らせてあるだけだ」
「じゃあ何故裸なのよ!」
この結婚に愛情があったとは言えないが、不思議にも嫉妬心のようなものがルクレツィアの心に芽吹いていた。誰に対する嫉妬心なのかもよくわからないが、それもすぐに同情と悲しみに埋め尽くされる。
「ジェノバプロジェクトの一派生作品を作ろうとな……」
「なんてこと……彼女にもジェノバ細胞を?」
「女にはまだ何もしていないと言ったろう? まずは子を宿すことから始めんとな」
ルクレツィアははっとして宝条を睨む。
「おっと、勘違いしてもらっては困るな。子の父親はこの男を……と思い目覚めるのを待っていたのだ」
「それに何故改造が必要なのよ」
「閃いたのだよ。ヒトとマモノでは子孫は残せん。遺伝子学上はな。ならば、ヒトをベースにした魔物であればどうだ? この男に魔物を宿し、それとこの女を交配させればジェノバ細胞に耐えうる胎児を生み出せるかもしれん。お前の体に及ぼすような影響も出ないかもしれんなぁ」
歪んでいる、この男は。科学者としての魂がそうさせるのだろう、探究心の塊なのであろう。だが彼は人が達してはいけない領域にまで手を出している。ルクレツィアは当事者にヴィンセントが使われた事でようやくそれに気づき始めた。
「どうしてヴィンセントなの」
「愛し合う者同士、せめて一つにしてやろうと思ったまで。私も鬼ではないのでね」
宝条の歪んだ愛の理論は誰が聞いても理解し難いものである。だがこの男は心の底からそれを良いと思って行っているのかもしれない。
つくづく可哀想な人だと、ルクレツィアは思っていた。
そしてこの同情心が宝条とルクレツィアを繋ぐ要素であったのだから皮肉なものである。
しかし今となっては憎しみしか感じられない。彼女にとって宝条は我が子を奪った憎むべき男。
「もうやめて……。彼も彼女も……解放してあげて……」
「はっ、もう興が冷めたわ。あぁ、その男が必要なら呉れてやる。もう、私には不要だからな」
宝条は背中を丸めて部屋を出て行く。
「あぁ、その女には触れるなよ。そいつはまだ使える」
「まだ何かする気? ガスト博士は彼女の解放を望んでいたわ!」
「この際もう一方のサンプルは何でもいいだろう…ククッ」
