第3章 いばらの涙
彼が去り、研究員は溜息をついて彼女に向き直る。
「ほんと、前しか見えない奴だなぁ、あいつ。ほんとにあんなやつがいいの? シャロン」
「え……? 私を知っているの?」
「こっちから見たらどっちつかずだし、流されやすいし……よく言えば優しいのかもしれないけどさ……」
研究員がシャロンをポッドへ促すように手を取るが、やんわりとそれを拒否する。
「あの……あ……の……」
「心配なのはわかるよ。でもあなたは今ここを出ちゃだめだ。もし見つかったらいよいよ殺されるよ。あなただけじゃなく、彼も、俺もね」
確かに今出て行ったとして自分に何ができるというのか。自分が勝手をすることによって、自分以外の人までもが咎められるというのはよい気がしない。
どうしたらいい……?
研究員に手を引かれポッドに戻るが、これでいいのか、正しい選択ができているかと不安は尽きない。しかし、彼女にはどうすることも出来なかった。ただ祈るように目を瞑る。
「奇麗だ……。……シャロン……、ここにいる誰もがあなたを知ってるよ。あなたがそうなったのは、俺たちのせいなんだ。ごめんな……」
「何をしている、あっちの研究はよほど暇なのか? あ?」
「ひっ、申し訳ありません!」
突然、研究室の主が現れると、研究員は逃げるように部屋を出て行く。
「全くどいつもこいつも……。こんな女に魅入られるとは。はっ、くだらん」
宝条が捨て台詞をはきながら研究室を出て行くと、今度は別の男との口論が聞こえてくる。
「宝条、どういうことだ!」
「あ? お前には関係ないだろう。邪魔だ」
ヴィンセントの声がする。彼女は瞳を揺らがせ彼の姿を探すが、扉に付いた窓からは宝条の後ろ姿が見えるだけだった。
「何故彼女がここにいる?」
宝条は無視を決め込み、一度シャロンの方を振り返ると、窓越しににやりと笑って見せた。
「ルクレツィアに何をした?」
「うるさい」
「何?」
「うるさい」
宝条が声を荒げると同時に銃声が響く。
血の気が引く。
「いやぁーーっ!!」
彼女の叫び声と宝条の高笑いが室内に響き渡る。シャロンが自分の中に煮え滾るものを感じると、身体には荊棘が這いポッドの中を埋め尽くすように増殖した。その棘が自らの肉体を傷付けてもなお荊棘は増え続けた。