第3章 いばらの涙
彼は憐れむように体を撫でる。そうしているうちに、ヴィンセントの中に怒りと憎しみの感情が渦巻くようで、ミステリアスな赤い瞳がとても冷たく感じられた。しかしそれは憎しみと同時に自分を咎めていたため現れた冷酷さだ。もしもあの時、もっと早くにシャロンの元へ帰っていたならばと。
彼女はヴィンセントの頰に手を当て、首を横に振る。彼の辛そうな顔を見ていられなかった。
ヴィンセントは悲しくも愛おしそうに見つめ返し、今度はそっと労わるように体に触れた。
ヴィンセントの腕に抱かれる感覚はとても心地良がよく、実験による疲労が取れていなかった彼女は暫し目を瞑ってその腕に抱かれていることにした。
「君が私を忘れてしまっても……私が君を覚えているよ……」
「え……? ヴィンセント……?」
彼がふいに気になる言葉を発したと思えば、突然部屋の扉が開け放たれ、神羅の研究員が入ってくる。
「おおっと……困るよタークスさん、勝手なことしてもらっちゃあ。彼女はまだ装置で安静にしていないといけなかったのに」
「シャロンを勝手に実験材料にしているのはどちらだ」
ヴィンセントが冷たく言い放ち、場に緊張が走る。が、研究員ははっと思い出したようにヴィンセントに向き直る。
「そんなことより、またルクレツィア博士が倒れたんだ」
「どういうことなんだ、ルクレツィアの体に何が起こっている?」
「俺が知るかよ……とにかく早く行ってやれよ。シャロンは俺が戻しておくから」
ヴィンセントが心配そうに彼女を見つめるが、彼女は気丈に振る舞った。
ヴィンセントはどうするか決めかねている様子で彼女を見つめながら、握る手に力がこもる。
「迷った時はどうしたいかじゃなくて、どうするべきかよ、ヴィンセント。私はまだ大丈夫だから……早く行って。彼女の身を守るのは、今あなたにしか出来ない事なのでしょう?」
「シャロン……すまない。必ず戻る」
せっかく触れ合えたのに、また離れ離れになってしまう。
シャロンは少しずつ記憶を取り戻しつつあったが、覚えているのは別れのシーン。悲しい思い出ばかりだった。