第3章 いばらの涙
ぼんやりと、シャロンの耳に水音が響いてくる。
噎ぶような女性の声が微かに聞こえ、意識が次第にはっきりしてくる。
無秩序な足音が聞こえてくると同時に、白衣の女性が部屋を横切っていくのを感じた。
「……どこなの? ……どうして会わせてくれないのよぉ!」
「ルクレツィア! 無理をするな……体に障る」
扉の向こうから現れた男がふらつく彼女を支える。
なぜだろうか、この男を知っているのに、はっきりと思い出せない。それでいて、ひどく苦しい。二人は一体何者? 互いの信頼関係が垣間見えて、心に小さな嫉妬心のようなものが芽生え鼓動が乱れた。脳裏に微かに浮かび上がる記憶。
「ヴィンセント……私……こんな筈じゃなかったのに……」
「ルクレツィア……。今は休養を取るべきだ。私が君を守り、君の代わりに動く……だから……」
「……ねぇヴィンセント。この部屋……奥にポッドがあるわ。その中に……っ……あれ、少し……疲れたみたい。……部屋に……戻るわ」
ポニーテールの女性はふらつきつつこちらを指差して扉を出る。男は追いかけようとしたが、足を止め、確認するようにポッドへ視線を向けた。二人の目が合うと同時に、彼が駆け出す。
「シャロン!」
「ヴィン……ごほっ」
口を開くと、身体が液体に充たされているということを認識して突然息苦しくなり悶える。
「今、開ける!」
ヴィンセントがポッド付近のボタンを押すと、中の液体が一気に抜け、蓋が開く。
突然感じる重力に体が持って行かれるような感覚。立っていられなくなり、ポッドから身を投げ出す。落ちる————
しかし、ヴィンセントが駆け寄りあっさり受け止められた。
「無事か……? 息は出来るか?」
「平気みたい」
「よかった。しかしどういうことなんだ……何故君がここに」
経緯を説明しようとは思うのだが、どうにも記憶がかみ合わない。困った表情で黙り込んでいると、男ははっとし、怪訝な表情で語りかける。
「シャロン……。私のことが……わかるか?」
「わかる……ヴィンセント。でも……あなたの事、よく思い出せない……。ただ……なんだか、胸が苦しくて……」
「大丈夫だ、シャロン……。また少しずつ取り戻そう」