第2章 cradle
無意識にも、自分を安心させるためにシャロンを利用するような形になっていたことがなんとも悔しく、後ろめたい。
しかし、彼女の笑顔がなければ、また悶々として塞ぎ込んでいたのだろう。そんなことを考えながらヴィンセントは黙り込む。
「……なんだか元気がないわね」
「いや……大丈夫だ」
とても大丈夫そうには見えないのだが、シャロンはヴィンセントから何か話があるものだと思い時折視線をやりながらも黙っていた。だが、ヴィンセントは一向に話さない。ただそこにいるだけ。
しかしその状況はシャロンにとって特別居心地が悪いものではない。
シャロンは本を手に取り、ページを開こうとする。が、やはり気になってしまう。先程の監視員の口ぶりは、ルクレツィアの結婚話にヴィンセントが関わっているという様子であったから。
「そういえば、ルクレツィア博士、結婚したのですってね」
言った途端、ヴィンセントの視線が揺らいだような気がした。
「そうらしいな……」
そうらしい、当事者ではなさそうな言い方に少しの安堵を覚えた。だが、護衛にしては他人事のような話ぶりにシャロンは違和感も感じた。
「……祝福できない?」
「……彼女が……幸せなら……いいんだ」
「…………」
自分に言い聞かせるような言い方と仕草で、シャロンは初めて彼の想いを知った。
ヴィンセントは、ルクレツィアに惚れていたのか。なるほど彼女に対してムキになる理由も、そこにあったのかとまるで答え合わせをしているような感覚だった。
「彼女が決めたことなのではないの? 自分で」
「わかっている。だからこそ……私は彼女の選択を見守るしかない……」
ヴィンセントは意外と不器用らしい。しかしそれは彼の優しさがそうさせているのであって、これも一種の愛の形なのかもしれない。ヴィンセントにとっては見守ることが愛、彼女の思いを尊重するのが美徳なのだ。
だから、そこに自分がいなくても、彼女が幸せならばそれでいいという考えに至るわけだ。
でもあなたはそれでいいの? あなたは幸せなの? 人の幸せを見守ることは、あなた自身の幸せに繋がるの?
いくつもの疑問がシャロンの脳裏に浮かぶ。彼はどうにも自己犠牲的でもどかしい。