第2章 cradle
シャロンは、いつもと変わらぬ日々を過ごしていた。
ヴィンセントは暫く姿を見せていなかった。来るなと言っておきながら、会わないと少し寂しいような思いがしたが、まだ自業自得と諦められた。
ふと、外から監視員達の驚嘆が聞こえる。監視員や配膳係の皆は噂話が好きなようで、ことあるごとにシャロンに報告しにきていた。シャロンが監視員に質問を投げかけても不思議な光景ではない。
「ねぇ、何かあったの?」
「あぁシャロン、ルクレツィア博士が結婚したんだそうだ」
「そうなの! めでたいわね。それでみんな大騒ぎしていたんだ。お相手は私の知っている方かしら?」
「あぁ……おっと」
ふいに、監視員が扉から離れる。
「外のことよく知ってる奴がきたよ」
視線を奥へやると、監視員を横目で見つつ扉へと近づくヴィンセントの姿があった。
「何の話だ?」
「え……えっと、ヴィンセント?」
「ん……?」
二人の間の時間が止まる。
どちらも話し出さずそのまま数秒が経つと、まぁいいと言わんばかりにヴィンセントが姿勢を変えて口を開く。
「随分真が空いてしまって……すまない」
「なぜ謝るの?」
「君を救うと言った……。途中で投げ出すのも気分の良いものではない……」
「救うなんて、言っていたっけ?」
「……言ってなかったか?」
「え……?」
微妙に噛み合わない会話が少しおかしくて、シャロンはかすかに笑みをこぼした。
「ふふ。言ってない言ってない」
まるで最後に会った時の事がなかったかのような柔らかさにヴィンセントは違和感を感じながらも、シャロンの笑った顔にほっとするような安心感を覚えた。
彼はもう自分の前で笑顔を見せてくれる存在などないのではないかと考える程に追い詰められていた。そして同時に自分の愚鈍さに腹が立った。
昨日までシャロンの存在を頭の片隅に追いやっていたくせに、今になって彼女の笑顔を求めてここへ訪れたのだと思うとどうにもやりきれない。