第2章 cradle
ルクレツィアの態度の変化はヴィンセントに焦りを感じさせていた。話していてもどこか冷たくぎこちない。何が原因なのか、自分が知らないうちに何かミスをしてしまったのかもしれない。彼は真意を確かめるため彼はルクレツィアに会いに行く。
「ルクレツィアー、いないのかー?」
ルクレツィアの研究室に入ると、モニターに大きく映し出されたグリモアのデータが目に映った。グリモアは神羅の科学者でヴィンセントの父親だ。実験中に不慮の事故で亡くなった。データによれば、ルクレツィアは、父親の共同研究者だったということらしい。
彼には遺族として事故については大まかに聞かされていた。悔しい思いはあったが、リスクある仕事ということは理解していたし、事故は事故だ。的確な表現ではないかもしれないが、仕方のないことと諦めもついていた。どちらにせよルクレツィアのせいではない。だからこれがルクレツィアがぎこちない要因であるならばどうにも遣る瀬無い。
彼はただルクレツィアに笑っていて欲しかった。初めてこの任務に配属され、何も知らない彼に彼女はなんでも優しく教えた。そして自分の職務を全うできた時、彼女の支えになれた時、心から喜びを感じられた。彼女に付き従い、彼女を守るために腕を磨いた。タークスの中のタークスと称されるまでになったのも、彼女の存在あってこそだと彼は考える。
ルクレツィアと過ごした楽しかった日々を思い出すと、彼女の長い髪を優しい風が揺らした。またあの頃のように過ごしたい。彼女の笑顔が見たい。その思いがヴィンセントに溢れる。一番近くにいて、彼女の暴走を止められるのは自分しかいないという自負もあった。
なにより彼女に避けられては護衛任務が務まらない。ヴィンセントは、ここ数年の出来事と自分の思いを整理していく。近づいた距離はいつしか慣れて日常になり、離れようとすれば惜しくなる。整理が追いつかない。しかし、手遅れになるならば、その前に何か行動を————。
ヴィンセントは衝動のままに部屋を飛び出していた。