第10章 叙情詩
しかし彼はふと、先ほどの彼女の言葉をうけて自分のエゴに気づき始めた。
側にいてほしい。しかしそれは罪を背負う姿を見せ続けること。
そういえば、と彼は思い出す。彼女は罪を手放す気がないとか、ルクレツィアを忘れたくない心の表れだとか、そんなことを言っていた。その小さなサインに気づけずに、何度も罪を口にした。
自虐する度、彼女も傷つく。なぜそんなことに気づけなかったのか。
だが、罪を手放す方法など、彼は知らない。
夜が明けると、シドが舵を切る飛空艇に、赤いマントの男が降り立った。戦う理由を手にして。
操縦室に姿を現した彼をクラウドが驚いて迎え入れる。
「……なんだ、その驚いた顔は? 私が来てはいけなかったのか?」
「いつも冷めてたから……。関係ないって顔してただろ?」
「冷めて? ……フッ、私はそういう性格なのだ。悪かったな」
「戻って来ないと思ってた。あんたにはシャロンがいるし……。あいつはどうしたんだ?」
「訳ありだ。このまま世界を終わらせるわけにはいかなくなった……」
”訳あり”
その言葉で、クラウドは詳しく話すつもりはなさそうであると察し、ため息をついた。
彼女は漂っていた。
そこは空気に触れていなければ、水中であるわけでもない。実態がある感覚もない。しかし彼女の意識ははっきりしていた。
辺りには膨大な知識が広がっていて、欲すればどんなことも吸収できる不思議な空間だった。星の記憶が、数多の人物の記憶が頭の中に流れては消えていく。それはまるで浄玻璃。いくつもの罪が世界を動かす。
彼女はふと気になるものを見つけ手を伸ばしてみる。
——この世界にはかつて、星を守るための使命を持った種族がいくつも存在した。花の民。シャロンもそのうちのひとつ。
星の自然を守り、そこに暮らす人々を守護する。代々直系一族の姫は十八の歳に星に還される儀式が行われた。生贄の一種である。生贄は守り神として転生すると信じられた。
しかし、数の減った花の一族は、最後の姫に人として生きることを許した。——
ヴィンセントとの逢瀬を無理に止めなかったのは、シャロンへの愛であったし、棺を星への供物としてではなく海へ沈めたのは、その悪習を終わらせるためだった。
一度に流れ込む無くした記憶と、新たな知識。
シャロンは何度も意識を手放しそうになりながら前へ進んだ。
