第1章 桜の音
桜子は、どうやら丘の上にあるこの桜の主らしかった。
つまり妖だということ。
桜が咲く季節だけ人間の様な姿になれるみたいで、
毎年この季節になると人間になって、田舎の町をぶらついていたようだ。
「なんで早く言ってくれなかったの?」
「和輝が離れていくと思ったのよ。私ずっと一人だったから。和輝といる時間が本当に楽しくて、離れたくないって思ったの」
胸が締め付けられるような苦しさが俺にまとわりつく。
俺は思わず桜子を抱きしめた。
彼女は驚いていたが、そのうち俺の背中に手を回した。
「離れて行かないよ、俺は」
「うん、ありがとう。でも、もういいのよ」
「え?」
桜子は俺の腕から身を剥がし、笑って言った
「この桜の木、寿命なのよ。もう少ししたら業者の人が来てこの木を切り倒すの」
意味が分からなかった。
そんなことしたら桜子はどうなるんだ。
「そしたら私も消えちゃうかもね」
「な、んで……」
「ん?」
「なんでそんなに笑ってられるんだよ!!消えちゃうんだぞ!お前!!!なんでそんな……」
「だって和輝に会えたんだもん。最後の最後に。それだけで私嬉しいわ」
桜子は俺の頬に触れて涙を拭いた。
俺の両目から流れる涙は止まらない。
離れたくない。
桜子と一緒にいたい。
「来たみたいね」