第1章 桜の音
あの日から10年がたった。
26歳春、俺は地元に戻ってきた。
本当は東京で就職しようと思ったが、戻ってきた。
桜子には会えないけど、桜子との思い出が詰まってるあの丘に行きたくて。
高校在中の時は、苦しくて悲しくて辛くかったから一度もあの丘には行かなかった。
10年ぶりにあの丘に行く。
ちょっと緊張してしまって、自嘲した。
あの丘にはやはり桜はなかった。
桜子の姿はない。
「だよな……」
桜子に会いたいと思ってしまう。
あの笑顔に、あの体に触れたい。
桜があった場所まで俺は歩く。
ちょっとした距離なのに息切れをしてしまった。もう年だ。
額の汗をぬぐい、上を見上げる。
カバンの中から、お弁当と桜餅を取り出す。
地面にそれを置き、俺も座る。
「春と言ったらお花見。そうだろう、桜子?」
誰も居ない丘の上。
きっと俺は怪しい人。
そう思われても構わない。
あ、そうだ。
お前に報告しなきゃいけないことがあるんだよ。
俺、この春結婚する。
fin.