第1章 桜の音
その言葉に後ろを振り向くと、作業着を着たおっさんたちがぞろぞろとやってきた。
本当に本当にこの木を切るんだ。
桜子を殺すんだ。
最低だよ、あんたら。人殺しだ。
「危ないよ君。今からこの桜倒すから離れてなさい」
「お願いです、切らないでください」
俺は、近くにいたおっさんの腕を掴んで懇願した。
桜子はどうやら俺にしか見えていないようで、おっさんたちは桜子に目を向けず作業を開始する。
「もう決定事項なんだ。それにこの木はもう腐ってるからいつ倒れてもおかしくない。けが人が出る前に倒木しなきゃいけないんだよ」
何も言えなくなってしまった。
歪む視界の中、桜子を探す。
桜子は、少し離れた場所いて笑っていた。
その笑顔が、あまりにも儚くて俺はまた桜子を抱きしめた。
機械音が遠くから聞こえて、本当にお別れなんだって思った。
少しずつ桜子の体が透けていく。
「桜子」
「なあに」
「俺、ずっとずっとお前に言いたいことがあったんだよ」
「奇遇ね、私もよ」
溢れる涙を拭って、俺はまっすぐに桜子を見る。
桜子の体は透けて、今にも消えてしまいそうで。
「「好きだった」」
そして桜子は消えてしまった。
遠くの方から「倒れるぞー」という声が聞こえて、俺は泣きじゃくった。
好きだよ、桜子。
出会ったあの日からずっとずっと桜子が好きだった。
さよなら、またどこかで会おう。
俺の恋は、桜の木と共に崩れた。