第1章 桜の音
「和輝捕まえたー!!」
肩に手が置かれ、肩が揺れる。
後ろを振り返ると鬼だった奴が笑いながら逃げていた。
「和輝が鬼ー!!」
その言葉に我に返る。
そうか、今鬼ごっこの最中だった。
もう一回ぶつかったことを謝ろうと思って、お姉さんがいる方向に顔を向けた。
しかし、そこには誰も居なかった。
「帰ったのかな?」
ぽつりと呟き、俺は走り出した。
* * * * *
2回目にお姉さんに会ったのは次の日だった。
同級生と遊ぶ約束をしていて、桜の木の下で待ち合わせをしていた時だった。
「あら、また会ったわね」
「あ……昨日の」
お姉さんは昨日と同じ格好をしていた。
昨日は一瞬しか見れなかったけど、ワンピースから覗く手足はスラリと長く、黒髪を風になびいていて綺麗だと思った。
それと同時に、今にも消えてしまいそうだなとも思った。
「えっと、確か和輝くんだったかな、名前」
「え、あ、うん。え、なんで……」
「昨日のお友達が君の名前呼んでたから」
「あ、そっか。……お姉さんの名前聞いてもいい?」
「桜子よ。桜の子って書いて桜子」
桜子はまた笑った。
彼女が笑うたび、俺の胸は締め付けられた。
これが恋だって気づくには俺はまだ幼かった。
同級生が来るまでの短い時間、俺は桜子といろんな話をした。
桜子はどうやら春の季節だけこの田舎町に来ているらしい。
なんで春の季節だけなのかはよくわからなかった。
理由を聞いてみたが、笑ってごまかされた。
それでもよかった。
桜子と話すのがすごく楽しかったから。