第1章 桜の音
あの日以来、俺は毎日のようにあの丘に通った。
桜子と話がしたくて。
桜子と一緒にいたくて。
そして別れの日が来た。
桜が半分くらい散ってしまって葉桜になる頃、彼女はどこかへ行ってしまった。
「また来年、この桜の木の下で」
この言葉を残して。
また来年、桜子に会える。
それだけが楽しみになっていた。
夏を超えて秋を超えて冬になり、春になった。
俺は走って走って、丘に向かう。
桜子に会うために。
「桜子!!」
名前を呼べば、桜子は笑って手を振ってくれた。
俺も笑って桜の木の下に向かう。
「久しぶり、和樹。大きくなったね」
「当たり前だろ、一年たってるんだから」
「そっか。もう一年たったんだね」
「ばばあくせえぞ、桜子。それよりお花見しようぜ。春と言えばお花見だろ」
俺は持ってきたリュックの中からたくさんのお菓子を取り出した。
桜子はくすくすと笑って、「おかしだらけ。和輝もまだまだ子供だね」って俺の頭をなでた。
頭を撫でられるのは好きじゃない。
子ども扱いされているようで。
でも、桜子に頭を撫でられるのは嫌じゃなかった。
むしろもっと撫でてほしいとさえ思った。
二人桜を見ながら一年前のことを話した。
身長が5センチ伸びたこと、運動会で短距離走1位を取ったこと、算数で100点を取ったこと。
桜子が褒めてくれるから、桜子が笑ってくれるから。
俺は俺のことをたくさん話した。