第1章 桜の音
少しだけ昔の話をさせてください。
桜の花が咲くこの季節。
この季節はどうしても寂しくなってしまうから。
* * * * *
彼女にはじめて出会ったのは俺が10歳の時。
桜の花びらが舞う季節。
同級生と遊んでいた時だった。
俺が住んでいる町は、とても小さな町で簡単に言えば田舎だ。
田んぼや畑で囲まれている町。
コンビニだって車で30分のところにある辺鄙な土地。
そんな辺鄙な土地に小高い丘がある。
俺の家から20分くらい歩いた場所に。
その頂上には、一本だけ咲いている桜の木があった。
あの頃の俺はゲームや漫画などには興味がなかった。
それは周りの奴らも同じで、遊ぶと言ったらその丘で虫取りや鬼ごっこといった野外の遊びが中心だった。
その日も、俺と数人の男子でおにごっこをしていた。
俺は、桜の木に登り身を隠す。
ここならつかまらないと思ったから。
鬼がうろうろしているのを上から見て、ニヤニヤと笑う。
しばらくして鬼は桜の木から遠ざかる。
「チャンス!」
木から飛び降り逃げようとしたとき、
誰かにぶつかった。
尻餅をついて、前を向く。
そこには俺と同じように尻餅をついている女の人がいた。
黒くて長い髪に白いワンピース。
一瞬幽霊かと思った。
でも、「いたた」とお尻を撫でていたから、"人間"だと理解できた。
「あ、ごめんなさい。俺、今鬼から逃げてて……」
「ううん。こっちこそごめんね。大丈夫?」
「うん。お姉さんは?」
「私も大丈夫よ」
にっこりと笑うその顔に、どきりと心臓が跳ねた。
今思えば俺はきっとこの瞬間、彼女に恋をしたんだと思う。