第8章 恋愛論Ⅶ
「余裕だね。」
数学のノートを持って私の後ろに立つ久世。
「あ、久世ぇ!おかえり、俺の親友!!」
「ああ、人違いじゃないのかな。」
「え、」
「諸星の親友の久世くんは確か隣のクラスだったから、行ってみるといいよ。」
「まじで!?」
「うん、まじで。」
「じゃっ、宮原!俺ちょっと行ってくる!!」
そう言って片手を挙げ、もうダッシュで教室を出ていった諸星くん。おい、今まで君が話していたこの方はどちら様だって。
「馬鹿だね、」
「馬鹿だよ?」と久世が言う。
「宮原、テストの準備出来てるの?」
「え、テスト?」
「あの馬原くんでさえ、僕に聞いてきたよ。」
馬原くんは、さっき久世が後ろで話していたクラスメイト。学年トップを張るくらいの秀才で。そんな馬原君から助けを求められる久世は、勉強が出来る人である。
「はて、一体なんのことやら。」
理解できない私に、久世が持っていたノートを見せる。
「今日、数学テストあるよ。落ちたら夏休み中補講。」
「うそでしょ!?」
「嘘じゃない、ほら見て周りを。」
教室をグルリと見回すと、机に張り付くようにしてシャープペンを動かす生徒達。
「そんなとこ…聞いてない!」
「昨日の1限で言ってたよ。」
「昨日の…」
…完全にサボってました、私。図書室にいました、先輩と。
「…終わりだ…どうしよう、久世。」
「楽しい夏休みの幕開けだね、宮原。」
そういう時に助けてくれるのが、ヒーローではないのですか、久世さん。
「え?ヒーロー?残念だけど、僕は庶民であり続けるよ。」
久世は派手なことが嫌いです。