第14章 episodeⅢ 小出政親
「…せんせい?」
隣で横になる先生の背中を撫でた。
「…くすぐったい。」
そう言って、こちらを向く。
「彼氏と上手くいってないの?」
「……なあに、心配してくれてるの?」
違う、そうじゃないけど。ゆなちゃんもそうだったから。だから俺に構うのかなって。
「…ちか、悪いけど順調よ。結婚の話も進んでるわ。」
「そう、良かったね。」
先生に結婚の言葉が似合わない、そう思うのは、ヤキモチだろうか。
「…ちか、」
「なに?」
「ありがとう、」
そう言って最後のお別れみたいに俺を抱き締めた。
「…なに、どうしたの。結婚はまだ先でしょ?」
「うん、来年。」
「俺は、もういらない?」
先生の細い腕が震えた気がした。
「うん、いらない。」
「…結婚したらもう悪いこと出来なくなるね。」
「………」
「……先生?」
「…ちか…っ、いや」
いつもは強い先生が、震えるようにすがり泣く姿に、今まで感じたことのない衝動が走る。
「…ごめんなさい、…っ、ダメな大人で、」
「せ、んせい、わからない、何がダメなの。」
「…ちか、私、」
先生が涙の溢れる目を俺に向けたとき、携帯の着信音が響き渡る。
その音を聞いた先生が我に返ったように、表情を変える。
「……帰って。」
まだ響く着信音。
「え?」
「帰ってくるの、彼が。」
「……うん、」
タイミングよく、着信音が止まる。
そのままベッドのしたに散らばった制服を乱暴に拾って着た。いつものように部屋中を出ようとすると、後ろ姿でベッドに座ったままの先生が「ちか、」と俺を呼んだ。
「…もう、家には来ないで。」
先生の白い背中をめちゃくちゃにして傷をつけてやりたくなった。
「…さようなら、先生。」