第1章 戦国無双4/藤堂高虎
珠実は高虎が握る傘の柄に手を重ね、傘を彼に近づけた。
「珠実様、いいのです」
高虎は傘を押し返す。
珠実は更に手を重ね、両手で傘ごと、自身を近づけた。
2人は今にも体が触れそうな距離。
珠実の髪から、体から醸される匂いに、高虎は胸が高ぶる。
「私は忠を尽くされるほどの器じゃないわ。だから、今日はお願い。普通でいさせて」
少し背の低い彼女。
上目遣いが更に高虎の胸を高ぶらせる。
高虎の愛用する青い手拭いを身に纏う、彼女。
このまま、それごと俺のものにーー
いや、主君を裏切ることはできない。
自身の生き方に、誇りを持つために。
高虎は彼女の背中に伸ばしたい手を、自制した。
「わかりました。では、傘は半分にしましょう。... ...この通りを歩くだけの約束でしたな。そろそろ帰りましょう。」
珠実は悲しげな顔で頷き、そろりと傘の柄から手を離した。
それは今朝に見た、どこにも居場所のない捨て犬のような顔。
珠実は高虎と並んで、城に向かい歩いていく。
楽しげだった行きの道とは違い、帰りは一つも言葉がでない。
何か喋り出せば、涙まで共に溢れ出してしまいそうだった。
定めを受け入れきれない、自身の未熟さへの悔し涙か、
定めを受け入れたくない、反骨の荒ぶる魂の涙か。
どんな涙を、飲み込もうとしたのだろう。
高虎は前を向いたまま、ゆっくりと歩む珠実に歩調を合わせる。
先ほど見入っていたかんざしの小物屋の前を通る。
「喧嘩かい?ほら、これあげるよ」
店の女将が、先ほど珠実が可愛いとはしゃいでいたかんざしをくれた。
高虎は、すまないとかんざしを受け取り袂に入れた。
「後で、挿してあげましょう」
淡い水色の玉が、高虎の手拭いとよく似合いそうだ。
2人は何も喋らないが、先程よりも触れそうな近い距離で、歩いてゆく。