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相合い傘

第1章 戦国無双4/藤堂高虎


高虎が主君を裏切ったのは、これが最初で最後であった。
胸に葛藤を抱えながらも、珠実の泣き顔に惹かれてしまう。ここで彼女を置いていっては、必ず後悔する気がした。


高虎は傘を広げる。

「まず、これをどうぞ」

顔はなるべく隠した方が良いと、高虎は首元にかけていた三尺の青い手拭いを珠実の首にかける。
ふわりと巻きつけると、口元の辺りまで顔を隠した。
淡い色の着物には、はっきりした青が浮いて見える。
彼の体温が伝わったそれは温かくて、彼の残り香が心地良くて、珠実は一瞬くらりとする。

「行きましょう」

高虎と珠実は並んで、外の世界へと歩き出した。






珠実は街を歩きたかった。生憎の、いや、望みを叶えてくれた、希望の雨。

街にはほとんど人の気がない。
それでも珠実は楽しかった。
街に並ぶ1つ1つの店で立ち止まり、茶屋では饅頭がおいしそうだとか、小物屋ではこのかんざしが可愛いだとか、はしゃいでしまう。
不思議と雨が全く気にならない。
高虎ははしゃぐ珠実に対し、はいだとか、そうですねだとか、適当な返事しかしない。
そんなことはおかまいなしに、久しぶりに触れる街の空気が楽しかった。


ある小物屋の前で、珠実は気がついた。
小物屋の座敷の奥にある、全身鏡に映る自身が目に入る。

高虎が、傘のほとんどを珠実に差し出している。
高虎のほぼ半分は、ずぶ濡れであった。

「高虎!あなたが濡れています。これではあなたが、風邪を引いてしまう」

珠実は真っ直ぐに彼に訴えた。

「俺が風邪を引くよりも、あなたが風邪で倒れてしまうほがもっと辛い」


彼の答えも真っ直ぐだ。その切れ長い目には曇りがない
その瞳は、主君の奥方にただ真っ直ぐに忠節を尽くす目だ。



今朝からの彼の優しさは「私」に対するものではなかったのだろう。
主君の奥方にただ尽くしていただけ。
その瞳に「私」は映りなどしない。



奥方としての務めも果たせぬ、覚悟を持たぬ私を、そんなに真っ直ぐな目で、見つめないで。
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