第5章 短編詰め合わせ✳︎
バスケ部の練習が終わる頃トレーニングルームを出る。
カギは体育館のものとセットになっている。
「1年でもスタメン抜擢はあり得るぞ。本気で来い」
誰かのセリフが私の耳に響く。
私は総括中の監督と部員の邪魔をしないよう、もう部屋には誰もいないことをマネージャーに告げ、そろりと体育館を出た。
更衣室で着替えを済ませ、外へ出る。
外は雨が降り注ぐ。
だけどきっと6月予選は、晴れる。
晴れた日のコートしか、私には想像ができないから。
珠実は通学に電車を使っている。
駅で親に帰りの連絡をしようとしたとき、気がついた。
携帯電話を、忘れてしまったこと。
珠実は急ぎ学校に戻る。
室内テニスコートにはなかった。
トレーニングルームだろうか。
良かった。バスケ部の体育館はまだ明かりが付いている。
ドアをそろりと開ける。
珠実の目に飛び込むのは、美しい放物線。
珠実はその洗練されたシュートに、惚れた。
やはりこの人は、只者ではなかった。
床でボールの弾む音だけが、体育館に響く。
彼は私に気がつきこちらを向いた。
鋭い視線と、目が合う。
「ごめん、トレーニングルームに忘れ物したかもしれなくて」
そこにいたのは、牧伸一。
「... ... カギはいつものところに掛けてある」
携帯電話を探しながらも、珠実の目には、彼の作り出すアーチの残像が焼きついて離れない。
興奮が止まらない。
珠実は携帯電話を取り体育館に戻る。
牧は床に座りながら、体を伸ばしている。
珠実は慌てて近くに駆け寄った。
「ごめん。私、気を散らせちゃったかな」
「違う。今からの練習に向けて、ストレッチだ」
彼と、話がしたい。
あの虹のようなアーチを、生み出す彼と。
「牧くん」
「なんだ」
「お邪魔じゃなければ、ストレッチの間だけ、隣いいかな」
「ああ」
牧の強靭な体はしなやかに曲がってゆく。
常日頃伸ばしている証拠だ。
そのラインが、美しい。