第1章 戦国無双4/藤堂高虎
洗面所で手を洗う。
「どうぞ」
彼が差し出した白い手拭いで水気を拭き取る。
「ありがとう。高虎は確か、政務はなかったのでは?今日はどうされたのですか?」
「... ... 俺の名を?」
「ええ。家臣の皆が稽古されているのを、よく眺めているので。手拭い、ありがとうございます。洗わせて返すわ」
珠実は高虎の手拭いを袂にしまった。
高虎は雨の日でも、稽古を欠かさないのだという。
稽古に向かう途中通りかかった廊下から、蛙と戯れる珠実を見つけ声をかけた。
「雨の日くらい、お休みしたら?」
「少しでも強くなり、功を立てたいのです。... ...珠実様にお話することではないですね。失礼いたしました。そんなことより、珠実様の手は冷たかった。雨はまだ止まないようです。どうかお身体を大事に」
淡々と心配の声を述べる彼。
それだけを言うと稽古場へ向かおうとする。
外は雨。ここにいるのは、私と高虎だけ。
「あの!」
珠実は思い切り声を掛けた。
どこにも居場所がない、捨て犬のような目をしていた。
「... ... 私を外に、連れ出してくれませんか」
なぜ、こんなお願いをしてしまったのだろう。
アマガエルと戯れたせいだろうか。
高虎は一度は申し出に断りを入れた。
そうしたら、珠実は泣き出してしまった。
どう足掻いてもこの籠からは出られないのかと、自身の我儘に耐え切れずに泣いた。
珠実の泣く様子をしばらく見ていた高虎は、今日だけだということ、短い間であればという約束で、外に連れ出してくれると言ってくれた。
きっと私には罰が下るだろう。
でも神様、この人には、決して罰を与えないで下さい。
悪いのは全て、私なのです。
珠実は急ぎ髪を束ね、軽装に着替えた。
打掛を脱いだ際、袂に入れていた高虎の手拭いが落ちる。
先程の優しさが脳裏に蘇る。
後で返そうと、小物入れに大事に閉まっておいた。
珠実は裏口に向かう。
高虎は雨が降り続く空を見つめていた。
「すみません。傘がこれしかない」
高虎が持つのは、家から持参した唐傘だ。
城の傘は何処にあるのか、私にもわからない。