第2章 夜
勇気を振り絞って口を開く。彼にお願い事をするなんて、初めてのこと。
「リュウセイ先輩。明日、お花見したいです」
華奢に見えて筋肉質な上半身を露わにしたままベッドに寝転んだ彼は、怪訝そうに顔を見上げてきた。
隣でタオルケットを被って三角座りしている私は彼を見下ろす形になる。
「明日バイトだし、遅いよ。
まだ桜散りそうにないし、ふぁぁ、別の日でもよくない?」
目を逸らしてあくびをしながら枕に顔を埋める。
「だめですか?」
震えそうな声で尋ねると、「まぁ、いいよ」とくぐもった声が聞こえてきた。
「おいで」と続いた声と共に彼の腕に引き寄せられる。
「俺が寝てから、帰って……」と呟いて隣に寝転んだ私の髪に指を絡めるリュウセイ先輩。
卒業式から1ヶ月。
彼はいつもこうして眠っていく。
バイトや遊びに忙しいリュウセイ先輩。
私が一番知っているのは長い睫を揺らして規則正しい呼吸になる、寝顔だ。
「好きです……」呟くけれど、すでに夢の世界の彼には届かない。美人でもオシャレでもない私が手入れを欠かさなかったこの髪がなければ、きっと彼は私に見向きもしなかっただろう。