第14章 髪を切る理由【岩泉一】
「…ああ、似合うと思う」
「惚れちゃうぐらい?」
ザワ…。
心臓のあたりで変な音がした気がした。
喉の奥に言葉がつかえて、一瞬息が止まる。
「…なに言ってんだよ、バーカ」
「えへへ…ごめんごめん」
上手くはぐらかせたか。
予想だにしなかった質問に、面食らってしまった。
(変なこと言うな、ボゲ)
心の中で毒突いても、妙な胸騒ぎは収まらない。
自分のことも、美咲のことも誤魔化すように、くしゃくしゃっとボブの髪を撫でる。
すると、ボサボサになるからやめてー、と美咲は小さく抵抗しながら笑う。
それから一言二言かわして、俺たちは別れた。
あいつの後ろ姿を見送りながら、誰にも聞こえないぐらいの声でほろりと言葉をこぼす。
「…好きになりそうなくらいだ」
数分前の言葉への返事は、行く宛てもなく、暗くなり始めた夕焼けの闇に吸い込まれていく。
(ーーいや、本当はずっと前から)
俺は、そっと閉じ込めるように手のひらを握り締めた。