第14章 髪を切る理由【岩泉一】
確かに、急に美咲が髪を切ったのが気にならないといえば、嘘になる。
他人が髪を切るだなんて、どうでもいいことのはず。
そんなのは個人の自由だし、普段の俺だって気にしたことなんか一度もない。
けれど美咲のこととなると、なぜか変に思考が動き出してしまうのだ。
女子が髪を切るのは心情的な理由があると、テレビか何かで聞いたことがある。
自分の長い髪を気に入っていたはずの美咲が、いきなり短くしたのは心情的な変化からなのか?
「ーー美咲、もしかして失恋したとか」
「ッゲッホゴホゴホッ…」
飲みかけたお茶が気管に入って、俺は盛大に噎せ返った。
岩ちゃんきったなーい、と言う及川の頭を殴るほどの余裕もない。
失恋?好きなヤツに振られたってことか?
一体それは誰なんだ。いや、そもそもあいつに好きな相手がいたなんて知らなかった。
(なに動揺してんだ、俺)
正体不明の胸の中で渦巻く何かが、じりじりと思考回路を支配し始める。
「…あれ、余裕なさそうな顔だ!あの岩ちゃんが!」
キャッキャと、この上なく嬉しそうな及川。
その場にあった辞書を片手にこの鬱陶しいのを黙らせて、俺はふらふらと一人歩きし始めた考えをどうにか頭から追い出した。