第14章 髪を切る理由【岩泉一】
髪を切る理由。
自分の場合は、『ただ単に、髪が伸びて邪魔になったから』。
この髪型に大してこだわりなんかないし、正直どうでもいい。だから理由なんてそんな程度だ。
けれど、そうではない種類の人間がいるのも確かだ。特に、女子は。
長い髪を、いきなりバッサリ短くする。
あまりに唐突で突然なその行動に、何か意味はあるのか。あるなら、それはどんな意味なのか。
「…ねーねー岩ちゃん!おーい聞いてる?」
聞き慣れた声が、俺を脳内の思考回路から現実へと引きずり出した。
目の前には頬を膨らませて不機嫌顔を作る及川。
十分ウザいが、この程度で手が出る俺ではない。
腐れ縁の付き合いというものは、こうも慣れを生じさせる。なんとも末恐ろしいことだ。
「…なんだよ」
面倒くさいという感情を隠そうともせず、無愛想なまま応えるのはいつものことだ。
それに対して文句を言うわけでもなく、及川は机に頬杖をついたまま、何の気なしに尋ねる。
「あのさぁ〜、美咲が髪切ったのがそんなに気になるの?」
自分で顔が若干引きつるのがわかった。
だが、あくまで平然を保つ。
目の前の相手に隙を見せてはならない。本能がそう言うのだ。
「…っるせぇな」
「まぁ気になるよね〜、可愛い我らが幼馴染が急にイメチェンしちゃったんだもんね〜」
「何が言いたいんだクソ川」
「いやぁ何も?ボブの美咲も可愛いな〜って」
「……」
ニヤニヤ、というよりはニタニタという表情の及川。イラっとくる。
このままだと変な墓穴を掘るような気がして、俺は口を閉ざした。