第11章 雨、止みませんね。【赤葦京治】
「…七夕」
「うん?」
「さっき、歌ってた」
あれ、聞かれてた?恥ずかし…と彼女は頬を少し赤らめた。
「その、今日は七夕でしょ?7月7日に降る雨は"催涙雨"って言うの」
「さい、うい、る」
「涙を催す雨、で催涙雨」
催涙雨。
七夕の日に降る雨。
牽牛と織姫が逢瀬の後に流す惜別の涙が雨となったもの。また、逢瀬が叶わなかった悲しみに流れた涙が雨になった、とも言われている。
「旧暦のときは七夕って秋ごろだったんだけど、今の暦だと梅雨の時期になっちゃって。ちょっと可哀想だよね」
「へぇ…詳しいんだな」
「少しだけ、ね。古典ものってロマンチックなものが多いから、結構好きなんだ」
少し照れながら笑う彼女の肌は透き通るような白さで、窓の外の僅かな光を吸い込むようだった。綺麗で、どこか儚げな。
赤葦はカバンを下ろして、窓辺の彼女の隣へ歩み寄る。
そして二人で並んで、窓の外、雨の景色をぼんやりと眺めた。
窓のあたりのひんやりとした空気。
雨、水の匂い。
青のような、緑のような朧げな光。
サーサー…と、雨の音だけが2人の間に流れていた。
無言の静けさが、居心地いい。
「…雨の日は嫌いって言う人もいるけど、昔から日本人は雨を愛でてきたの」
ぽつりと、彼女が呟いた。