第11章 雨、止みませんね。【赤葦京治】
想定外の雨だった。
バケツをひっくり返したような雨を降らす空を見上げて、赤葦は大きなため息をついた。あいにく傘は持っておらず、この様子では強行突破も厳しいものがある。
「あれ、赤葦傘ないの?」
「えぇ、まぁ」
「俺のに入ってく?」
屈託のない笑顔で自分の傘を指差す木兎。
いやいや。その傘に男が二人入る図は、なかなかにキツい。
赤葦は、遠慮しておきます、と丁重にお断りを申し立てた。
そうかー?と少し寂しげな木兎だったが、いつものことなので気に留めることはなかった。
ーーあぁ、そうだ、教室に確か折りたたみ傘を置いていたはず。
赤葦は騒々しい先輩に別れを告げ、階段を駆け上った。
無人だと思っていた教室には先客がいた。
「ふーふーふーふん、ふー…」
こちらには気付いていないようで、窓の外を眺めながら鼻歌を歌っている。
この歌、どこかで聞いたことがある。…ああ、思い出した。
七夕だ。そう、確か今日は7月7日。
高校生にもなると、七夕という行事の存在は薄くなる。そういえばそういう日だったか、と思うくらいだ。
赤葦は無意識のうちに息を潜めて、窓際にいる彼女の背中を見つめる。
セーターの肩が少し色が変わっていた。半袖のワイシャツが腕に張り付いている。髪もやや湿っているように見える。…濡れているのか。
がたん。
その時、肩から掛けていたカバンがドアに当たって音を立てた。
ビクリと長い髪が揺れて、こちらを振り向く。
「…赤葦くん、いたんだね」
「…ごめん」
「えっ、いや、ううん!大丈夫」
部活帰り?
あぁ、うん。
そっか、お疲れ様。いつも練習大変そうだよね。
まぁ、大会も近いから。
そっか…頑張ってね、応援してる。
ん、ありがとう。
彼女とはそれなりに仲が良い、と言えばいいのか。
人懐こい子犬のような彼女と赤葦は、正直相性が良かった。
けれど、友達の枠にとどまる関係。
まだ、今は。
そういえば、と赤葦は切り出す。
「美咲…濡れてる?」
「え?あ、そうなの、帰ろうと思ったらこの雨に降られちゃって…傘も持ってきてなくて困っちゃってさ」
そう言って眉をふにゃっと下げる。
「それで雨宿りってわけか」
「そ。…赤葦くんも傘がないの?」
赤葦は置き傘を取りに来たわけだが、「まぁ…そんなところ」と答える。
そっか、仲間だね?と笑う彼女に赤葦は頷いた。
