第8章 Annoying!!【及川徹】
「…なんでこの格好で…」
「そりゃ折角買ったんだから着ないとさ?」
さっき自腹で買ったコーディネート一式を着て、街を歩く。拷問に近い。
目線が3cm高いというのは、だいぶ景色が変わる。私の身長の分類も変わる。
「180cmぐらいあるんじゃない?あの子おっきいねー」
『170cmより大きい』っていう枠組みからも外された。大いに凹む。
でも、不幸中の幸いというべきかーー今隣にいる及川が、今の私よりも6cm高くて良かった。
「…ねぇ、美咲ちゃん」
「今度は何よ…」
またどこかに連れ回されるの?勘弁してよ、とか思ってたら。
「…背筋はシャキッと!伸ばす!伸ばしなさい!」
怒られた。
あれ、背中丸めてるのバレてる。
「てかさ、いつもだよね?わざと姿勢悪くしてるよね?なんで?」
訳がわからない、という顔で詰め寄られる。気圧されて、つい顔を背けた。
「だって…まだ身長小さく見えるし…」
「ええ?背は高ければ高い方がいいでしょ」
「小学校の時に好きだった男の子に『自分よりデカイから無理』って言われた時の気持ち分かる?」
「今は俺のが高いから別にいいんじゃない?」
「話が噛み合わない…」
がくん、と肩を落とす。
ヒール、脱ぎたい。せめて175cmの高さに戻りたい。
ふぅ…と隣で及川がため息を吐き出して、とにかくさ、と言う。
「背筋はシャンとして?せっかく可愛いのに全部台無し」
「だって」
「俺の努力とかを殺さないで欲しいんだけどな?」
「…じゃあ及川は選んだ相手を間違えてるよ…私こんなの似合わない」
「ふーん?俺の見立てを否定するんだ?俺は美咲に合う服を探してたのにね」
そう言われてグッと言葉が詰まる。
今の私を否定することは、及川を否定することになる、と。あなたはそう言いたいのか。
「君はやけに自虐的だよね?でもさ、自分を否定することで他の誰かも否定してるってこと、知ってる?」
「……」
私は何も言わず、おずおずと背筋を伸ばした。
「ほら、顔上げて?」
ばちん、とぶつかる目線。
ーーなんでだろう。
周りの景色が、なんだかいつもと違うように見えて。
あれ、及川の目ってこんな色だったっけ。知らなかった、初めて知った。
及川は、三日月みたいにキュッと目尻を細めると、
「これで完成。ーーよし、じゃあ行こうか」