第8章 Annoying!!【及川徹】
手を掴まれて、私は引っ張られるがままに歩く。なぜか、足取りは重くない。
及川、と私は広い背中に話しかけた。
「なに?」
「及川ウザい」
「そっかー」
「…なんで怒らないの?」
「美咲ちゃんの『ウザい』は『好き』に聞こえる」
「…及川ウザい…」
「分かってる。俺のこと好きなんでしょ」
「うん…」
考えるよりも先に頷いてしまって、自分で驚く。
私は、及川が好き?
及川もびっくりしたようで、目を丸くしてこちらを振り向いた。
「…これは予想外だった」
「ごめん、今の忘れて…」
「うん、っていうのは嘘だったって?」
「…知らない間に言ってた…」
「じゃあ忘れないでおく」
及川が急に方向転換。
「えっ、どこ行くの」
「俺ん家」
「…へ?」
「いやー最初から狙ってたってわけじゃないけどさー、やっぱりこういう状況下だと?自分好みに仕立て上げたのを脱がすという醍醐味を楽しまないわけにはいかないからね?」
………。
言葉が出ない。私だって、高校生だし、その言葉の意味ぐらい知ってる。
ーーいいやつだって、思ったのに。
鉛の足枷がついたみたいに、足が急に重くなる。
この、シクシクと痛む胸は何。私は何の感情を、"裏切られた"だなんて錯覚してるんだろう。
あ、そういえば。
そう及川がこちらをぱっと振り向く。
「俺は美咲ちゃんが好きだよ。君が自覚するずっと前からね」
「……」
でもさ〜、あそこで『うん』とか言われるなんて思わなかったから!及川さん失敗した!タイミング失った!
と、及川が私に対する文句をぐちぐち並べる。でも文句を言うわりには、しっかりと指を絡ませてくる。
「…今この状態で知り合いに会いたくない…」
「そっかそっか〜、及川さんと二人っきりの時間を邪魔されたくないのか〜」
「…徹」
「うん?」
「ウザい」
「もう、素直に好きって言いなよ〜?本当、俺が184cmのイケメンでよかったね?」
「ウザ川、ウザい」
ウザいって言われてるのに、及川さん照れちゃうなーとかほざいてる。バカなのか。
そして、そのバカは私の方を見下ろすと、ふふん、と鼻を鳴らした。そして唇を私の耳元に寄せて囁く。
これ、いいね?胸当たってて。
そう言う徹の腕にすがりついたまま、私はパッコーンとこの愛おしいバカの頭をはたいた。
『Annoying!!』おわり