第8章 Annoying!!【及川徹】
「後ろ髪は結べる程度、前髪は自然に流す感じで。あと、ちょっと重たいので軽めに梳いてください」
すらすらとそうオーダーする及川。
はいはーい!と及川にハートマークを飛ばす金髪のお姉さん。それを及川は爽やかに笑ってかわす。慣れたような身のこなしよう。うざい。
ーー十数分前。
『…ちょっと待てよ』
私の手首を掴んだままの及川が、急に歩みを止める。
『今度は何ですか…』
この人のしつこさには勝てない。もう抵抗するのも諦めた。
及川は私を振り向いて、ジー…と何かを見定めるように見つめた。意味が分からず焦る。
『な、なに…』
『…うん、髪も切ろう。肩ぐらいまでバッサリ』
『え、いや、ちょっと』
『そうと決まれば美容院へ行こう!』
という訳の分からない会話ののち、あれよあれよという間に、私はシャンプーを終えてカット台に座らされていた。
「ではカット始めますね〜」
「は、はぁ…」
躊躇いもなく、背中まで伸びきった髪にハサミを入れていく、チャラそうなお兄さん。
「君、背高いよね!スタイルいいし。モデルとかやってるの?」
「いや、やってないです…」
「じゃ、スポーツとかは?」
「え?えっと、バレーを…ちょっと」
「バレエ?踊るやつ?」
「球技の方です」
「なるほど〜ぴったりだ!」
はっきり言ってどうでもいい会話だなと思いながら、鏡に映ったフロントを見る。
…イラッとしたので目線を戻す。
「なんかごめんね?スタッフの女の子たちが彼氏くんに群がっちゃって」
「え?あ…いや、彼氏じゃないです」
というかなぜ見てるのがバレたのか。
「あれ、そうなの?」
「ただのバレー仲間、というか…」
「へぇ?…じゃあ、彼に片想い中とか」
「ありえませんね」
「じゃあ彼の片想いか。ふーん」
「へ?」
「あーいや?俺が口を挟むことじゃないな!」
あっはは、若いって羨ましいな!と笑うお兄さん。
私は精一杯、引きつったような笑みを返した。