第7章 左様ならば、仕方ない【影山飛雄】
「…人の脳は精密機械じゃない。一つの事柄を、そのまま持ち続けることは不可能」
正直、本当に言いたいことはこんなことじゃないと、自分で分かっている。
けれど、闇はすぐに現れる。私は、無意味にも思える言葉を羅列し続けた。
「脳は記憶を取捨選択する。忘れるものと、思い出に変換するもの。そして、思い出は過去でしかない。復元はできない」
ーー私もそう、君もそう。言いたいのは、それだけ。
私はそう締めくくって、無理やり微笑みを浮かべる。
闇は、すぐそこ。
「…じゃあ、結論から言っていいっすか」
「うん」
私は頷いた。
「俺はここであと2年過ごします。美咲先輩とは会えなくなります。でも別れる気はありません」
「…そっか」
「俺は頭良くないんで、美咲先輩みたいには上手く言えないっすけど」
「うん」
「俺は美咲先輩のことがずっと好きだと思います」
君は不思議な人。
いつも私の欲しいものをくれる。
空っぽな言葉を並べ続けたのも、ただその一言が欲しかったからなのかもしれない。
理屈が好きな私が、こんな不安定な言葉を求めていたなんて、可笑しいよね。
でも、人間にはやっぱり、理屈では通らないものがあるらしい。
「…さようならってさ」
「はい」
「『左様ならば、仕方ない』が語源なんだって」
「…そうなんすか」
「仕方ない、って別れを惜しんでるの。その人は、本当はまだ一緒にいたいって思ってる。今じゃ恋人の別れ文句みたいになってるのにね」
だから。
「私は影山に、『さようなら』って言う」
私は君と別れるのが惜しいって思ってるよ。まだ一緒にいたい。
けれど私は烏野からいなくなる。これは変えられない。
『左様ならば、仕方ない』