第5章 50番 君がため 惜からざりし 命さへ 【山口忠】
キーンコーンカーンコーン……
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、日直の号令で立ち上がる。
そのとき、運悪く膝が机にぶつかり、シャーペンが斜め前の方に転げ落ちた。
「…あ」
シャーペンは彼女の足元まで転がった。
すると彼女もそれに気付いたらしい、左足を小さく浮かせた。
授業後の挨拶が終わると、彼女はしゃがんでシャーペンをとり、こちらを振り向いて、
「これ、忠くんのだよね?」
と微笑みながら差し出した。
(名前…知ってたんだ)
普段名字で呼ばれ慣れている山口は、すぐに反応することが出来ず、2、3秒遅れて、「あ、あぁ、うん」と答える。
その様子が不思議だったのか、
「えっと、私変なこと言ったかな?」
と首をちょこっと傾げて問う。
あぁ、いや、そんなことは全然!と山口は胸の前でブンブン手を振って否定した。
「ただ、その…名前で呼ばれること、少ないから」
そう言うと、彼女は納得したように、
「あ、そういえばそうかも。ごめんね?私の中で忠くんは忠くんだから、つい」
と笑った。
山口くんって呼んだ方がいい?
え、あ、ううん、そのままでいいよ。
本当?じゃあそうするね。
他愛もない、たったこれだけの会話が嬉しいと思うのは。
(やっぱり…美咲さんのことが好きだから?)