第3章 ニュートラルグレイ【菅原孝支】
「…美咲の髪って綺麗だなー」
菅原の脈絡のない話に、私は反応しきれず言葉が詰まってしまう。
その言葉の真意は、見えないまま。
「えっと、そう、かな」
「ちょっと茶色っぽいよね。きれー」
「それを言ったら菅原の髪の方が私は羨ましいけどな。ニュートラルグレイの4番」
あ、つい変なことを言ってしまった。
にゅーとら、る…?と単語をちゃんと繰り返せていない菅原。
「あ、ごめんね…コピックっていうペンの色の名前なの」
「ふーん…じゃあ美咲の髪色は?」
「え?うーん…カシュー、かな?」
かしゅー、と口の中で繰り返す。
ひらがなみたいな発音が少し可愛くて。
菅原は私を見ると、優しそうに微笑んで、
「俺、かしゅー好きだなー」
と言った。
好き、だなんて。
放課後の二人っきりの教室。
こんなシチュエーションで言うなんて、
「…菅原って酷い」
酷い、という言葉に目を見開き、それから困ったように眉をシュンと下げる。
「え、酷いって…怒らせるようなことは、何も」
この人の言葉の裏側には何がある?
私の心の内をすべて見透かされてるような気がして、それでこんな事を言ってるのかなと思うと、悔しいような、悲しいような気持ちになってきて、
「菅原のそれって天然なの?それとも全部分かってて言ってるの?そうだったら菅原はズルい」
つい、キツい口調になってしまう。
「ズルいって…何が」
「全部。全部全部。何にも見えない。骨格とか血管とか、その皮膚の下のモノ」
大きくなった、色素の薄い瞳の奥の瞳孔。
きゅ、と固く結んだ唇。
どこからか風が吹いて、ニュートラルグレイの前髪を揺らした。
「自分のその中のモノは隠してるくせに、その思わせぶりな言葉は酷いと思う。からかってるなら他所を当たって…私は都合のいい勘違いをするから、」
「美咲」
突然言葉を遮られて、菅原の方を見て、私はハッと口をつぐんだ。
息が詰まるような気がした。
騒がしかった周りの音が、スッと遠退いていく気がした。
それは、
菅原のその顔が、あまりに真剣で、
「ーー勘違いしてよ。そんでそのまま俺を好きになってよ…」
窓から射し込む夕陽に照らされて、紅く染まって、とても綺麗だったから。