第3章 ニュートラルグレイ【菅原孝支】
「ーーはい、この前言ってたやつ。やっと完成したの」
私はスケッチブックを彼に手渡した。
彼の指の関節が、筋肉が動いて、スケッチブックを受け取り、その表紙を開いた。
「…おおお、すげぇ!」
「こんなのでごめん…孝支描くの、難しかった」
私のスケッチブックの白い紙の上にいるのは、ユニフォーム姿のセッターの彼。
3色のボールを、名前も知らないスパイカー送り出している図だ。
その背中は、カーブした背骨を締まった筋肉が包み込んでいて、足はしっかりとシューズ越しに地面を捉えている。
指先はボールをしっかりと放ち、目線はその数秒先を見つめて。
あ、と彼は嬉しそうに、紙の上の自分の頭を指した。
「にゅーとらるぐれい」
「うん、ニュートラルグレイ」
未だにひらがなみたいな発音の彼が愛おしい。
あ、そうだ。と、
「俺の骨は見えるようになった?」
少し冗談めかして、彼はそう問うた。
私は軽く頷いて、うん、と答える。
今では頭の先から足の小指の先まで、全部見えるよ。大きな骨から、小さな骨まで。関節の動き、筋の繋がりや筋肉の動きまで、全部。
…なんて言ったら、気持ち悪いから言わないけど。
「…あ、でも」
「ん?」
「たまに見えない時がある。…そういう時って、決まって楽しそうにしてるけど」
すると、彼はふふっといたずらっ子のように笑って、ないしょ話をするように私の耳元に顔を寄せた。
「ーーそういうときはね、美咲をどうやってからかってやろうかなーって考えてんの!」
「…っ!孝支のばか!」
ばんっと彼の胸板を叩くと、おー痛い痛い、とケラケラ笑ってる。
やっぱりこの人はズルい。
「ね、美咲」
急に名前を呼んだかと思うと、彼は私の髪に小さなリップ音を立てた。
「これは、かしゅー色」
「うん、カシュー」
「カシューナッツの、かしゅー?」
「うん。カシューナッツの、カシュー」
「かしゅー」
「うん、カシュー」
何度も同じ言葉を繰り返してるのがなんだか可笑しくて、ふっと目が合うと、私たちはどちらからともなく笑い合った。
「ニュートラルグレイ」終わり