第22章 嵐の後には凪が来る【及川徹】
「ーーで、美咲ちゃんはどうしてダンスを続けてるの?10年も」
「えっ」
いきなり話題が自分に向けられ、戸惑う。
「ああーもう!なーに自分の話ししてんだ俺〜!美咲ちゃんの相談に乗るためにわざわざここまで来たのに?ミイラ取りがミイラになるってこれ?このミイラ取りを散々馬鹿にしてきた俺がなってるとは!くぅう、屈辱的だ!」
え?そうだったの?
と聞き返す暇もなく、
「で?なんで10年も続けてるの?」
「そ、それは…」
そんなこと考えたことも無かったな、と聞いたことのあるような答えが浮かんで、
消えた。
「……ステージで踊ってる瞬間が、一番幸せだから、かな」
「うん」
ぽつり、と唇からこぼれた言葉は、泉から湧き出る清水のように、次から次へと溢れ出す。
「…ステージ上で踊ってると、いつもの何倍も体が自由に動くの。羽みたいに軽くて、でも神経が頭の先から足の指の先まで隅々行き渡ってて、身体中の筋肉が全部感じられる」
「うんうん」
「観客の方は暗くてあまり見えないんだけど、全身に視線を感じる。ステージとは逆側の空気が、すごい分かる。息を飲む音が聞こえてくるぐらいに五感が冴えて、周りの空気に溶け込みながら踊ることだけを考える。その感じが…好き」
ステージに上がる前、袖で待ってる時も好き。人でいっぱいの暗い観客席と、明るくてキラキラしたステージが両方見えて。
そこでイメージするの。自分がそのステージ全体を使って、最大限のパフォーマンスをしてる姿。すごく、ドキドキする。
そこで私はハッとなって言葉を止めた。
及川くんのすごく優しくて、綺麗な笑顔が目に入って、網膜に焼き付いた。
「な、なんか、喋りすぎた…」
「まぁ、いいんじゃない?俺も散々語ったことだし、おあいこ」
肩をすくめて、軽く口角を上げる。
それから彼は立ち上がって、それにさ、とこちらを見下ろした。
「ほら、まだ君は踊れるよ。まだ踊ることに飽きていないし、嫌いになっていない。喜びを見出せる」
気付けば時間が経っていたようだ。
上の踊り場の窓から差し込む日差しが、彼を杏子色に染めている。
差し出された手のひらは大きく、
温かかった。