第22章 嵐の後には凪が来る【及川徹】
そう、この人はすごくいい人なんだ。
普段はおどけてるけど、根はすごい真面目で。
"天才"という言葉を嫌うくらい努力家で。
それが武器になるほどの観察眼があって。
「及川くんはさぁ」
「うん?」
「なんでバレーボール続けてるの?」
茶色がちな目がクッと開いた。
うわー、キレーな目。てか本当にキレーなお顔。
と、彼を知る万人が抱いているであろう感想が浮かぶ。
「…やっぱり楽しいから、なんだろうなぁ」
言われてみれば、続けてる理由なんて考えたこともなかったなぁ。バレー続けるのが自分の中で当たり前になってたし。
と、癖なのか、指先で顎を触る。
「あの、コート上に立った時の高揚感ってのは中毒性があるよね。たまんない」
そう言って何処か遠くを見つめながらニヤリと笑う。
きっとその目線の先には、
白線で囲まれたコートがあって、
ネットがあって、
ボールがあって、
仲間がいて。
割れんばかりの歓声と、賞賛の声と。
それらを全て背中で受ける彼の後ろ姿が見えた気がした。
「それにね、俺、バレー強いから」
「それ、自分で言うんだ」
「そりゃね。そうじゃなきゃ青城の主将なんて務まらないでしょ?」
まぁ、強いのは俺だけじゃないけど。
そう言う自信満々な瞳はどこまでも真っ直ぐで、力強くて、気を抜いていたら魂までも抜かれてしまいそうな気迫を感じる。
それにさ、と彼は言葉を続けた。
「自分が強くなければ、試合中、コートに出ていても、無力な自分がいるだけ。そんなのつまんないじゃん。自分が強ければ、"強敵"と呼ばれるものにも互角に戦えるようになる。強者と強者のぶつかり合いで、勝つために、お互いが極限状況で己の力を絞り出すのが一番興奮するでしょ?」
ーーまるで、小さな蛙が大蛇を目の前にした時のような。
或いは、小鹿がお腹を空かせたワニを目の前にした時のような。
"喰われる"という野生的本能。
この人を相手にした敵校のプレイヤーも、この視線を受けたのだろう。
この人の強さは、全てだ。
「…なーんて、柄にもなく語っちゃったよ」
えへ、とおどけて笑う彼はいつも通りの及川徹。
さっきの捕食者のような目つきは何処へ。
本当の貴方はどっち?
きっと。
どっちも彼だ。それも一部分にしかすぎない。
敢えて問うなら、
貴方の顔は、幾つある?