第22章 嵐の後には凪が来る【及川徹】
「…今日はねー、サボりなの」
うふふ、と冗談みたいに言う。
「ふーん、サボり?部活じゃないなら習い事とか?」
「そ。ダンスやってんの」
「そうなの?知らなかった!」
「確かに、あんまり学校の子には言ってないかも」
「へぇ、スクールとか通ってるの?」
「うん、10年ぐらい」
「なが!」
綺麗な顔をにこにこさせながら、反応してくれる及川くん。
少し他人行儀な感じが、今はありがたい。
おかげで、私の口もするすると言葉を続ける。
こういうのは変に感情移入されると、逆に話しづらいものだ。
「今まで理由もなく休んだことなんてないのに。初めてレッスンサボっちゃった。あは」
及川くんなら喋ってもいいかな、と思うのは彼が見た目以上に誠実な人間だと知っているからだろうか。
いや、この人が人間観察に長けているから、きっと自分の求めいるものを分かってくれるだろうという甘えが、私の中に少なからずあるからだろう。
不思議なものだ。さっきまでは考えるのも嫌だったのに、今は全部吐き出したいと思っている。
身体中を埋め尽くす、毒々しい煙のような、泥のようなそれをぶちまければ、楽になれるような気がして。軽くなれるような気がして。
ごめんね、今だけでいいから。
及川くん、君を利用させて。
「私ね、ダンスの大会に出ることになって。ソロ部門」
「うん」
「私ね、予選で結構いい成績取れたんだ。周りも先生もすごく褒めてくれて。本大会も期待してるって言われて」
「うん」
「その期待に応えなきゃ、って練習を頑張れば頑張るほどみんなすごい応援してくれた」
「うん」
「…だんだん踊ることが苦しくなってきた」
「……」
「ストレッチして、筋トレして、基礎練やって、それから飽きるほど振りを確認して。その一連を、今まで苦痛だなんて思ったこと無かったのに」
「……」
「こんなの…初めてで…」
顔を上げて無理やり少し笑うと、及川くんは真剣な顔をしていた。