第22章 嵐の後には凪が来る【及川徹】
自分の身体を抱えていないと、不安でしかたなかった。
屋上への階段は人通りが少ない。
階段に腰掛けて、膝を抱く。縮こまらせた身体のあちこちで血液がドクドクと流れる音が聞こえる。
考えると何かに負けてしまいそうな気がして、私はカバンから音楽プレーヤーを取り出した。
なんでもいい、気が紛れればなんでもいい。
適当に曲を流して、聴覚で脳の考える機能を妨害した。
コードをつたってイヤホンから流れるのは、英語の歌詞。英語が得意なわけではないから言っている言葉の意味は分からないけど、それが今の私にはちょうどよかった。
異国のメロディが耳道を伝わって、体内で昇華していく。
そのまま私は視覚をも手放した。
そうして上部だけの意識を残して、思考を放ったら、身体が軽くなった気がした。中身がすっぽりと抜けて、殻になった状態。
このまま。このままでいたいなぁ。
けれど、その"無"の状態は外界から易くも破られた。
「美咲ちゃん」
片耳から流れる音楽が遠ざかって、人の声が鼓膜を揺らす。
私は重くなった頭を上げて、その声の主を見上げた。
「…及川くんじゃないですか」
「何聴いてんの?」
「んー…分かんない」
「ふーん、そっか」
彼はさして興味のないように答える割には、なぜか私の横に腰を下ろしている。
「…あれ、バレー部は?」
「今日はお休み」
「でも、なんでここに、」
「美咲ちゃんは今日はすぐに帰らないんだ?」
「…え?」
「いっつもいち早く帰ってるのに」
私の言葉を遮った言葉に少し驚く。
確かに、いつもはHRが終わると私はそのまま家に直行する。
でもどうして知ってるんだろう。
…ああ、クラスでずっと隣の席だから、それなりに仲もいいから知ってるのかも。