第20章 夏ノ想ヒ出【縁下力】
「お、勉強会でもしてんの?」
「あ、冴子さん!」
ドアの横で仁王立ちしていたのは田中の姉こと、冴子さん。ガハハ!と笑う姿は今日もパワフルだ。血は争えない。
美咲を見つけると、冴子さんの目がぱあっと綻んだ。
「美咲!」
俺たちが田中の家に押しかけるのは珍しいことではなく、割と冴子さんとも会うことが多い。
まぁ男所帯の中の同性同士ということで美咲は冴子さんに懐いているし、冴子さんもまた然り。
美咲に甘いのだ。
「むさ苦しい男どもの中で大変でしょ?ジュース持ってくるわ!」
「あ、お手伝いします!」
「本当?じゃあお願いしちゃう〜」
すたっと立ち上がって冴子さんに駆け寄る美咲の後姿を目で追ったあと、俺はユークリッドが見つけた公式を西谷の頭に叩き込ませた。
「…みたいだね!」
「そ、そんなこと」
「照れんなよ、この〜!」
談笑しながらお盆を持って2人が入ってくる。
美咲がこちらを見て、ぎこちなく笑った。唇をぐっと噛んで、どこか恥ずかしそうに見える。
ーー冴子さんに何か言われたのだろうか。
女同士の会話は未知すぎて想像もつかない。
俺を見て、あの表情。俺絡みの話だったんだろうか。
あとで、さりげなく聞いてみようか。
そう思って、俺は田中の白い解答用紙に目線を落とした。
「…縁下」
「なんだよ」
「これ、終わると思うか?」
田中の声に張りはない。
額に流れる汗は、暑さのせいだけではない気がする。
「計画的にやらなかった自分を恨むんだな」
「デスヨネ…」
扇風機の風がパラパラと白いページをめくった。
じっとりと汗ばむ肌。
夏はまだまだ続くが、夏休みはもうじき終わりを告げる。
カラコロン、とコップの氷が涼しげな音を鳴らした。