第2章 “エース”を連れ戻せ
「瀬戸ちゃん!?何てことッ!!」
東峰先輩の悲鳴の様な驚愕の声が降って来る。それでも私は頭を上げない。私は薄汚れた廊下の一点を見詰め続ける。
「瀬戸ッ…!俺も!俺からも頼む旭ッ!!」
「スガまで……!」
隣へ視線を向けるとそこには頭を下げるスガ先輩の姿があった。腰を折ったその姿勢はまるで静止画の様に寸分も動かない。
私はもう一度、お願いしますと言い放って頭を下げ直した。東峰先輩は何も言わない。廊下にはもう誰の姿も無い。無音の廊下には、遠方から聞こえる活動音だけが響いた。不意に、震えた声が永遠に思えた空気を切り裂いた。
「俺……! ごめんッ!!!!」
「あ、旭!!!」
「先輩ッ!!」
私達の叫びは緩やかに反響して霧散した。東峰先輩は、振り向く事無く疾走して姿を消した。