第9章 鴉の腹を肥やす
「え?」
「瀬戸。良いヤツだな」
「…でしょ。本当、良い子過ぎるくらい良い子だよ」
「けど、そんだけじゃないんだろ?」
「……そうだけど…。岩ちゃん なんかヤな感じ…」
「何がだよ」
「好きにならないでよね」
「アホか。要らん心配すんな」
「だってぇ〜〜!!」
及川の悩ましい叫びが虚しく響く。岩泉は呆れた表情のまま、どこに出しても恥ずかしい幼馴染を出来るだけ見ないように努めた。
しかしながら先程の出来事を思い出し、岩泉は及川が彼女に対して一喜一憂する理由が、ちょっとだけ分かる様な気がしたのだった。
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「二口!!お前って奴は!!お前って奴は!!」
「だからスミマセンデシタってさっきから謝ってるじゃないすか〜」
一方その頃 伊達工では試合前のアップが開始されていた。しかしその傍らでは、茂庭が涙目で二口の素行について叱責している最中であった。反省を求められている二口だが、面倒くさそうに頭を掻く。
「気持ちが籠ってないんだよ気持ちが!!」
「まっことサーセン」
「二口ぃッ!!!」
「アイツ命が惜しくないのか」
「あそこまで行くと もはや信念さえ感じますね」
平然とした顔でふざけた謝罪する二口に、遂に鎌先が怒声をあげる。依然態度を変えない二口に、笹谷と小原は寧ろ感心さえした。
「大体!お前はあのマネージャーさんに一体何したんだよ!!」
「何って人聞き悪いっすね。なーんか顔に見覚えがあるから話しかけただけですって」
「それだけで普通あんな顔色悪くなるかよ」
「そんな事言われても身に覚えがないスよ〜」
「顔が怖かったとか??」
「そんな鎌先さんじゃあるまいし〜」
「あ゛ぁん??」
相変わらず減らず口の二口に、茂庭と笹谷は顔を見合わせて息をつく。彼の態度からして嘘は言っていない様子であり、一部始終を近くで見ていた青根に尋ねたが彼も分からないと首を傾げた。