第9章 鴉の腹を肥やす
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「ごめんね伊鶴ちゃん!忙しいのに変に引き止めちゃって!」
「いえ、こちらこそ本当にありがとうございました!」
2人の言い合いがやっと終わると、及川は申し訳無そうな顔でペコペコと頭を下げる。伊鶴の頬は、及川が持ってきた氷嚢のおかげでだいぶ赤みが引いていた。
それを見て、及川はホッと一安心する。隣に立つ岩泉も柔らかい表情を浮かべて伊鶴に言葉をかける。
「じゃあ、気をつけて行けよ」
「はい。お2人も怪我に気を付けて。青城の皆さんも頑張ってください!」
「おう」
「ありがとね!」
伊鶴は2人に頭を下げると、駆け足で仲間の元へと向かう。しかし、時折振り返りながら2人へと手を振っていた。
何とも気遣いが過ぎる彼女の姿に、2人は微笑ましさから苦笑を浮かべつつも、「俺たちも急ぐよ岩ちゃん!」「誰のせいだと思ってんだ」とまたもや言い合いながら持ち場へと駆ける。
「……」
「おい。今から試合中だっつーのにンな顔してんなよ」
「はい?そんな顔ってどんな顔ですかー?俺はいつでも完璧無敵な及川さんなんですけど〜??」
「そんな ぶすくれた顔してんなって意味だよ」
「…そんな顔してないけど」
「ハァ…大方、あのマネのことだろうけど、試合には集中しろよな」
「分かってるよ、そんな事。伊鶴ちゃんから『頑張って』って言われたんだから」
─────全力でやるよ。
そう呟いた及川の瞳には先程と打って変わり、研ぎ澄まされた刃物の如き鋭い光が宿る。それを“闘志”と呼ぶには生易しい。『叩くなら折れるまで』を座右の銘としている及川だが、あれは冗談などではなく本気で言っているのだと肌で感じる気迫を放っていた。長年連れ添っている岩泉でさえも思わずたじろぐ程だ。
「…言われなくても全力でやれ」
「それはそうだけど!応援されたからには倍頑張るの!!」
ぷんすか怒る及川は可愛くもないが頬を膨らませる。人が代わった様にコロコロと表情を変える及川をジトッと見詰めながらも、岩泉は「まぁ、お前の言う通りだったな」と口を開く。