第9章 鴉の腹を肥やす
「バレーとかやってなかったですか?」
「!」
思わず息を飲んだ。何故、彼がその問いを口にしたのか。手が汗ばむのとは反対に、口の中は酷く乾いていく。
「どうしました?」
「い、いえ…その…」
何気無い彼の問いに、答えられない。頭から血の気が引いていくのを感じる。
その質問に答えたところで、大した事など無い筈なのに。どうしてか、私の口は動かない。
「え、ちょっと、大丈夫ですか?」
焦る二口さんの声が何故だか遠くに感じる。私に向けられている言葉も、どこかの他人への言葉に感じられた。
本当は、分かっていた。二口さんが求める答え。私は心当たりがある。しかし、それを口に出来ない。
それを言ってしまっては、草臥れた脆い私の精神は崩れてしまう。
息が苦しい。酸素、酸素酸素酸素が欲しい。
痛いくらいに激しい胸の鼓動が煩わしい。勝手に荒くなる呼吸が思考を鈍らせる。震える手が縋り付くように胸元を引っ掴む。
今にも手放せてしまいそうな意識の中で、焦慮する二口さんの姿と声が認識できた。ただ、霞む視界の中ではその時───────。