第9章 鴉の腹を肥やす
「ちょい、ちょいちょい!やめっ、やめなさいっ」
事の次第に慌てて飛び出して来たのは、短髪の天然パーマが特徴的な人だった。
「すみません!すみません!」
その人は、東峰先輩に向けられた腕を必死に降ろそうとしながら謝る。主将は軽く拍子抜けしたように「いえ…」と返す。
恐らくあの人は、伊達工の“母”…。部員の失態は我が失態とばかりに謝る姿は、スガ先輩と夜久さんのような“母の愛”を彷彿とさせる。一瞬割烹着の幻覚が見えた。
「……」
「…?」
そんな事を考えていると、ふと茶髪の彼と視線が絡む。目を逸らす気配も無く、何か腑に落ちない様な表情で、訝しげに私を見ていた。
しかし、数十秒も経たない内に彼の視線は外れていった。
何かしたかと慌てて思い返すが、心当たりは先程の声を上げかけた事。まさかそれだとは思えず疑問だけが残された。
「おい、二口 手伝えっ!」
「は──い」
中々動かない彼に業を煮やしたのか、彼は『ふたくち』という名の人物に応援を頼む。そうすると、本人からは軽快な声が返ってくる。
二口と呼ばれた男性は、先程から爽やかな笑みを崩さない、あの茶髪の彼だった。
「すみませーん。コイツ、エースとわかると“ロックオン”する癖があって…」
二口さんは変わらず人当たりの良さそうな表情のまま、強面の彼をぐいぐいと後方に追いやっていく。
「だから────“今回も”覚悟しといて下さいね」
「!」
去り際にそう言い残した二口さんは、どこか不敵な笑みを浮かべていた。彼らは、東峰先輩のことを再び徹底的に止める自信があるのだろう。
その自信に裏打ちされたものは、確かな実力。勝ち上がっていけば避けられない相手。私は手をきつく握り締めた。