第9章 鴉の腹を肥やす
「いや、バスでもこれ食べてたから。好きなのかと思って」
「えっ」
影山さんの言葉に思わず目を丸くさせる。確かにこの飴は、道中のバスで口にしていた物だ。
「あ、はい、食べてましたけど…」
「? なんか俺、変なこと聞いたか?」
「ああ、いえ全然!そうではなくて…。影山さんに見られてたんだなぁって」
「なっ!ばっ、バカ!!別に、そんな見てねぇよ!!たまたまだ!!」
「は、はい!すみません!!」
確か、影山さんは通路を挟んだ隣の席だった。
それならば食べている所を見られていても不思議ではないのだが、私は見られていた事が嫌だったのではなく、“食い意地が張ったやつ”に見られたのではないかと恥ずかしくなったのだ。
しかしながら影山さんには失礼に聞こえてしまったようだ。申し訳無い。
とにかく話題を逸らそうと、影山さんの問いに答える。
「あ、え、えっとですね、この飴は確かに好きなんですけど、これは、クセというか……」
「クセ??」
「はい。中学の時…部活の、試合前に絶対食べてたんです」
「!」
中学に上がり、雪ヶ丘の女子バレー部に入部して間も無い頃。緊張と不安から青い顔して家を出ようとした私に、母が元気付けようと見兼ねて持たせてくれたのが最初だった。
────私が初めてバレーボールに触れたのは、小学生4年生の時だ。母が所属していたママさんバレーに混じって試合をさせてもらったのがきっかけで、バレーの楽しさを知る事になる。
同年代との練習試合なんてものはその時が初めてで、“チームプレイ”の重圧から不安で仕方無くて吐きそうだった。しかし、母から貰った飴を食べると、緊張しながらも不思議と落ち着いてプレー出来た。その日の練習試合は、見事私たちが勝利を納めた。
それから、練習試合や大会なんかがある日は、験担ぎのように決まってその飴を口にした。不思議と心が落ち着き、良くも悪くも私の安定剤の様な物になっていた。
今となってはもう自分には必要無いものの筈。 しかしながら 染み付いた癖は抜けないのか、気付けば幾つも引っ掴んで来ていた。