第9章 鴉の腹を肥やす
「影山さんには必要無いとは思うんですけどね…。その、お守りみたいなものだと思ってもらえれば…」
「お守り?」
長くバレーと付き合ってきた影山さんに、今更緊張だとか不安云々など関係無いかもしれない。しかし、今彼はきっと、新たな壁と向き合っている。
「“今の”、自分らしい、バレーが出来るように」
「!」
嘗ての自身を切り離して先へ先へと足を進めても、過去を知る人間の記憶から、自身を消し去る事は出来ない。過去を口にされる度、忌まわしい自分の影がちらつくだろう。
しかしそれも、今日で終わりだ。
「もう影山さんは“コート上の王様”じゃない」
飛び立つ烏に、王冠は重過ぎる。
羽根を広げる烏に、背を覆うマントは邪魔になる。
“独裁者”の証なんて、ここには必要無い。
「影山さんに、そんなつまらない王冠なんて似合わないって、見せつけましょう」
影山さんは、丸い瞳で暫く私を見詰めていた。
しかし、突然、眉根を寄せて苦い顔へと変化したかと思うと、徐に飴の袋を勢い良くバリッと開ける。
「かっ、影山さんッ?」
すると、薄黄色のはちみつレモンの飴玉をこれまた勢い良く口に放り込んだ。お、怒ってらっしゃる…?
「アメ…」
「あ、アメ……?」
影山さんが再びこちらを向く。そこには鋭い目付きに、片方の頬を飴でリスの様に膨らませた顔があった。
何ともちぐはぐな様子に思わず吹き出しそうになる。そんな私を見て、影山さんは少しムクれながらモゴモゴと口を動かす。
「ありがとな。お前のお守り、受け取っとく」
「! はいっ!」