第8章 こんな夜じゃなきゃ
「じゃあ、これで、」
『なぁ、瀬戸 』
『お前さ、もっと頭空っぽにしてみろ』
「へ??」
唐突に掛けられた言葉に、間抜けな声が飛び出た。『何故突然そんなことを?』と置いてけぼりな頭を働かせる。その時私の耳が、あっけらかんとした彼の声を捉える。
『お前まで明日が恐いのは、何もおかしなことじゃねぇよ。きっとアイツらと同じ気持ちになってるからだ』
瞬間、ギュッと胸の奥が締まる感覚がした。震える手が苦しい胸元を掴まえる。
『後な、自分に何が出来るのかなんて考えんな。アイツらのためにやりたい事は 全部やれ。お前が声張り上げて応援するだけでも、アイツらには十分力になる筈だかんな』
『そんで、一人でうじうじ考えんな。分かんなければあのメガネのマネちゃんに聞くとかよ、もっと周りを頼れ』
嗚呼、なんてことだろう。
『俺だっているんだ。お前はひとりじゃないだろ?』
────掛けられる声が、言葉が、こんなにも嬉しいだなんて。
黒尾さんはいつもの掴み所の無い飄々とした調子だった。でも、だからこそ安心した。私のよく知る彼だから。
特別なことが出来なくても良いのだと、そう思わせてくれる。
熱くなった喉の奥がヒリついて仕方無い。本当にいやな人だ。いつも私を情けなくさせる。意地を張るように鼻をすする。
『なんだよ、泣いちゃった?黒尾さんの魅力にやられちゃった?』
「本当に嫌な人……」
『突然の悪口ッッ』
しんみりした雰囲気は仕事を終え、またお軽い調子が戻って来た。
やっぱり、こっちの方がしっくり来る。
「黒尾さん」
『ん?』
「ありがとうございます。おかげで元気が出ました」
『ふーん。そりゃあ何より』
素っ気ない返事をする彼だが、何故だか電話越しに猫のように目を細めて笑う姿が目に浮かんだ。