第8章 こんな夜じゃなきゃ
『まぁ素敵で無敵な黒尾さんも人間だってことだな!』
「冒頭におかしな謳い文句ついてますが誰評なんですかそれは」
『俺評』
最悪だ。
明日のことで落ち着かないと言っていたが、平常と変わらず語り口は潤滑剤が差されているかのように滑らかだ。
能天気な言葉を繰り出す彼に、明日の事であれこれと悩んでいた自分が馬鹿らしくなって来て、思わず溜め息を吐く。
『どうした大きな溜め息なんかついて』
「いえ…黒尾さんは余裕があって良いなぁと思いまして」
そう言いながら私はぼすっとベッドに倒れ込み、窓から差す白んだ月明かりに目を向ける。
『そう言うお前は、明らか余裕なさそうだもんなぁ?』
「ングッ…」
私の胸中を読んだかのような言葉に、ニシシと愉快そうに肩を揺する彼の姿が目に浮ぶ。
「そうですけど…」
『やっぱりなぁ〜お前のことだから、“明日どうしよう”とか、“明日何をしたら良いんだろう”って考えてそうだと思ってさ〜』
「…そこまで見通していたんですか…」
『伊達にお前より2年長く生きてねぇんだぞ?それくらい分かるさ』
只ならない人だとは思っていたが、そこまで的確な指摘をされるとは。
まるで狐狸の妖を相手に語らっている気分になる。飄々とし、人の奥底を見通しているかのように達観している黒尾さんの口振りは、まさに化かされたような心持ちになる。
「さすが、音駒の主将ですね」
『まぁ、アイツらの悩みもよく聞いてたし、弱音も聞いてきたしなぁ。勉強に部活に時に青春の悩みも…』
「深夜のラジオ番組ですか?」
『他校からもお便りガンガン募集中な?特に人気のコーナーは“黒尾センパイの!ドキドキ保健体育、”』
「じゃあ澤村主将にお伝えしておきますね」
『おう急にマジトーンでセコム呼ぶのはやめろや』