第8章 こんな夜じゃなきゃ
ベッドからもそもそと出て、壁に背を預けた。すうっと深く深呼吸をする。そして意を決すると、頭がうだうだと余計なことを考えるより先に応答ボタンを押し、耳に当てた。
「もっ、もももしもし、」
ガタ───────────ンッッ!!
上擦り声になってしまった事に恥ずかしくなっていたのだが、事件かと疑う程の騒ぎが携帯の向こうから聞こえ、それどころでは無くなる。
「く、黒尾さん?黒尾さん?!」
慌てて名前を連呼し安否を問い掛けていると、向こうからゴソゴソと音がし始める。
『もももももしもしッ!?オレオレ!!』
「…オレオレ詐欺と話をする予定はありませんでしたが。」
『待って!!おもむろに切ろうとしないで!ちゃんと黒尾さん!黒尾さんだから!!』
何故切ろうとしたのが分かったのか甚だ疑問だが、相手は確かに黒尾さんのようなので、とりあえず会話を続ける。
「びっくりしましたよ。電話に出たら急に大きな音がしたんで昼の刑事ドラマが始まったかと思ったじゃないですか」
『すまんすまん。電話繋がるまで動き回ってたんだが椅子に躓いて、そしたら机に手当たって物ひっくり返して携帯落とした。』
満身創痍に負の連鎖。
『その後親に「夜中までテンション上げんな」って怒られた。』
「まるで前科持ち相手へのセリフですね。」
『前に昼間全力ラジオ体操してるの見られた。』
「全力ラジオ体操とは。」
『最初は凄い真面目にやってたんだけど、だんだん楽しくなってきて真面目にふざけ始めちゃって…』
物凄く矛盾した二語を並べられた気がする。
「それで、体操に“腰に腕を巻き付けるように”みたいな動きあるだろ。あの時に“腕を大きく振りましょう”の時にカメハメ波の動きを取り入れて、めちゃめちゃ真剣な顔して大声で『ハァ─────ッッ!!』ってやった瞬間部屋の戸が開けられた」
何やってんですかアンタ。