第7章 おかしな烏野高校排球部
「…恩人ってどういうことですか」
釈然としないと言うように眉根を寄せる影山だが、その顔を見ようともせず、及川は前髪の跳ねた毛先を気にして弄っていた。
「どうって、そのまんまの意味でしょー。伊鶴ちゃんは俺の恩人。怪我してたところを助けてくれてねー。おかげで早く治ったんだよ、ありがとう伊鶴ちゃん」
影山に話しかけていた筈が、最終的には話相手が伊鶴へと向いていた。照れたように頭を下げる伊鶴に、影山の苛立ちは蓄積していくばかりである。
「だったらもう用は済んだ筈です。帰って下さい」
獣の威嚇にも似た影山の声音は、場の空気を容易く張り詰めさせた。それに対し、及川は臆すどころかそれ以上に冷えた身の内をさらけ出す。
「はっ、言われなくても帰るけど。何お前、さっきからイライラしちゃって。ホンットお前って短気だねぇ」
節々に棘を生やした言葉が並べられていく。“挑発は及川の専売特許、十八番である”、それを分かっていながらも、影山は仕掛けられた罠の数々を踏み抜いてしまう。罠を無視出来ない影山の性格に理解した上で、言葉は的確に彼を挑発していく。
それを口にする及川自身もまた、端正な顔立ちを明確な悪意によって歪めている。
「随分と、余裕が無いんだな」
「!」
影山の眉がピクリと跳ねる。その微細な動揺の現れを及川は見逃すこと無く、次なる罠を仕掛ける。
「ひょっとして、伊鶴ちゃんのせいかな?」
次の瞬間、影山の全身を熱い何かが巡った。
血潮か、或いはもっと別の何か。頭は縛られる様な痛みが占領し、目の前はチカチカと白く点滅して目眩がする。冷静な思考を奪う程の鮮烈な怒りが影山へと訪れた。
及川徹は全て分かっていた。彼の怒りの根源も心境も理解した上で影山を挑発していたのだ。
何故ならば────及川徹も、影山飛雄に燃えるような敵対心を抱いていたからである。